消費

消費

生きるために食べる。
食べるために買う。
当たり前。

悲しいかな。
我々は食べ切れないものまで用意してしまう。
それは捨てる。
食べ切れないから。
作りすぎてしまったから。

先進国と言ってしまっては、幅広過ぎて、逃げているようで、チープで、無責任だけど。
仕方がない、この地に生まれ落ちたんだ、先進国に、俺ら生きている。
俺ら裕福だもんで、作りすぎちゃった。
てへっ。
アホか。

まず、捨てるという選択肢を選べるもんか。
選べないでしょう。
吐いてでも喰えよ。
それでも喰えなかったら、あげろよ。
作るなよ。
食べるなよ。

おかしい。
おかし過ぎる。

久々に映画の話。
「イン・トゥ・ザ・ワイルド」
普通の世の中に生きる青年が荒野を目指して、本当の意味で生きるとは何なのかって自問自答するというストーリー。
その中で、鹿を撃ち殺して食べようとするシーンがある。
当然、一回では食べきれない。
そこで保存をしようと試みるが失敗する。
主人公は苦悩する。こんなことならば、殺さなければ良かった、と。
とても滑稽だけど、ハッとするとても重要なシーン。
生きるとは何なのかを探しに行って、自分に酔って、調子に乗ってる主人公を完全に自然が打ち倒す。

この主人公は間違っていない。
このシーンでは、自分は間違っていたのかという自問自答があるから。
この主人公のようにせめて考えることはしたい。
そして、俺らが生きる世界の上でも、出来るだけだけど捨ててしまったり、作りすぎることのないように心がけたい。
気を抜くと同じ過ちや間違いを簡単に犯してしまうから。
実に自然に。
ごく普通に。

最近知った話。
スーパーやコンビニで陳列されている商品の内、3割が捨てられるらしい。
ちょっと待ってよ。3割だよ。10個あったら、3個捨てられている。
恐ろしい。
人間。
理由は単純だけど驚愕、愕然。
種類や量がないと見栄えがしないから。
くだらない。
くだらないけど、それが基本みたい。
そしていつの間にやらそれが俺ら消費者も当たり前となっていて、種類や量がないと惹かれなくなってしまっている。
その記事かなんかに書かれていた。
だから消費者も賞味期限の迫っている物を買って頂きたい、と。
そいつはどうも間違いだと思う。
消費者にそいつを委ねるのは卑怯じゃないか。
買った側はもちろんできるだけ新鮮な物を食べたいし、残すことなく消費したい。
だから陳列する奥の方に手を伸ばして選ぶことを止められないし、その必要もない。
ここでキーなのは、考える必要があるのは基本的に与える側であるということ。
期日が迫っていて、捨てたくないという人道的な気持ちが与える側に残されているとするなら、安く提供するなりして、消費者に合わせるべきだと思う。
それを手前の綺麗事だけで消費者に委ねるのは甚だ間違っている。
じゃあ、自分で買って食べたら良い。吐くまで。
もちろん多くのスーパーやコンビニが期日の迫った商品を安く提供するという方法をとっていることはご存知の通り。
でも以前までそれすらもなく、単純に捨てていたことを考えると、マジでどうなってんだって感じだけど。

俺も飲食業を営む身として、考え続けます。
消費。

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