異質

異質

ご存知、ご関心のある方はとても多いと思う。
連日取り上げられているスポーツにおける事件について。
自分として何か書き記さなければと思った次第。

俺は中学、高校、大学とスポーツをしてきた。
その中で、特に大学という社会の異質さを知っている。
「楽しくなくなってしまった」
あの選手が会見で語ったことが深く胸に突き刺さって、気付くと泣いていた。
その涙はどこから来るものなのか。
考えてしまった。
考えなくていけないと思った。

俺は常々思う。
過去のことを取り出して、誰かを非難するのは卑怯だと、間違いだと。
過去があって、今がある。
周りがある。
大切なものがある。
感謝をしなければいけない。
だからこれは過去を非難するものでなく、ましてや誰かを非難するものではない。
だから今回の事件に自分を重ねるのは卑怯だとは思う。

だからといってはなんだが。
これは自分への慰めでも決してない。
同情を請いているのでも決してない。
ただ自分はこうだったと示すことはできる。
あの青年の姿に深い敬意と、勝手ながら自分の罪への戒め、後悔、そして俺と青年のこれからを憂いて。

俺は小さい頃から身体が軟弱でスポーツとは程遠いところで生きていた。
小児ぜんそくにアトピー。
今で言うと次々と病名がつけられるほど弱かった。
運動会にも参加はしたが、ほとんどは椅子に座って見ているだけだった。
中学に入り、親からの勧めで健康的な目的としてスポーツに身を投じた。
そこでスポーツの素晴らしさ、仲間の大切さ、ルールを守る有り難さ、勝敗の楽しさ、といった生きる上で自分なりの大事なことを多く気付かせてもらった。
高校でもその想いは増すばかりで、青春のほとんどと言ってもいいほど、スポーツが好きだったから、身を注いだ。
大した結果を自分は出せなかったけれど、それでも楽しかった。
楽しかった。
楽しかったんだ。

大学に入り、俺は挫折を知った。
それは知ったと言うより、知らされた。
先輩や監督からの重圧によって。
大学の異質過ぎる空気感で上下関係という枠を超えた関係性があった。
理不尽とも言える、とれる先輩や監督からの暗黙の配慮の押しつけや、暗黙のルールがとても多かった。
暗黙だ。
でもそれはこちらからすると、暗黙ではなく、命令であり、絶対だ。
パシリは毎日、何事も先輩の指示は絶対であり、飲み会は何度吐いてでも、注がれれば飲まなければいけない。
寮では先輩と同室、一回戦で負ければ坊主、吐くまで声出しや球拾い、いつだって全速力、相手選手と仲良くなんてしたら説教が待っている。
など、数えだしたらキリがない。

今の時代に価値観を置き換えれば、ハラスメントなんて比じゃない。
犯罪であり、事件だ。
そう簡単になんでも悪にするやり方は、それはそれで違うかなとも思うけど。

それによってどんどんと萎縮し、弱っていく精神。

話を戻すと。
言い訳がましいけど、その頃には俺は実のところ、勝敗とは超えたところでスポーツを楽しむレベルにいたと思う。
それは肉体的に精神的に鍛えられたものがあったからではあると思うけど。
次の段階でスポーツという素晴らしいものに関われていることが何よりもの喜びだったように思う。
かと言って負けていいという気持ちや勝ちたくないという気持ちはなかったわけではない。
表現がとても難しいんだけど、相手のことを考えてしまう、考えられるという余裕が持てるようになった。
それを弱さだと切り捨てるのはあまりにも残酷であり、俺は優しさだとしたい。
最終的に俺がスポーツから得るべきだったのは優しさだと思っている。
本当の意味での優しさが欲しかった。
これだけ時が経ち、綺麗事を並べるのは卑怯な気もするが、もし自分と同じような感覚でいる人がいるならば、それは優しさだ、とそう言ってあげたい。

大学入学の際、入学費免除試合というものがあった。
実際はそういう名ではなかったけど。
俺らは0年生と言われ、高校卒業して間もない時にすでに大学の寮にいた。
まだ4月じゃないのに、寮生活。
その前だったと思うけど、俺ら0年になる3人のうち、2人が入学費を免除されるという試合が行われる。
これを書かないと話が進まないという理由で書くが、俺が入った大学は強豪校。
トップクラスの全国レベルの大学であり、そこに推薦で入った。
自慢みたくなるのは嫌なので補足で。
高校の1番強いのが推薦を断ったので、俺に推薦の話が来た。
でも病弱でなにをやってもダメダメな俺からすると出世過ぎる出世だった。
だから薄れるやる気を無視してでも、やるしか、多分なかった。
話を戻して、俺ら0年3人のうち、1人の精神はどうなる。
試合の意味、本当の意味を知ってしまった俺らはビクビクしながらも戦った。
きっと0年の3人とも小学生にすら負けていたと思う。
それは単純にお金だけの重圧だけではない。
それだけでもかなりコクなことだけど、あらゆる面でこれからの生活がかかっている。

「あずみ」という漫画がある。
物語の冒頭だから書くのを許して欲しいけど、修行は基より寝食を共にした弟子たちに師匠が切り合いをさせ、残った1人だけが一人前の忍者として認められるという場面がある。
まさにそれ。
今まで楽しくやってきたことを突然、前触れもなく、違うものへとしてしまう。
楽しくなくなったの決定打だ。
それでも決まっていることに対して、従う他なく、やるしかない。
それは自分で思うのではなく、押し付けられたやるしかないであって、子どもが判断できる範囲を超えている。

これだけ書いといて、混乱させてしまうかもしれないけど。
先輩や監督が絶対悪かと言われれば、俺はそれも違うと思う。
悪を作らなければいけないとするならば、あの異質さそのものが悪なんだ。
誰も好き好んで人の嫌がることをしたくない。
心が痛むはずだ。
そして誰にでも優しさを持ちたいと思うと思う。
もしかすると、先輩や監督の行為に優しさがなかったかと言えば、それもなかったとは言い切れない。
できるだけこいつを強くしてあげたいという気持ちはそこにはあったはずだ。
体裁や地位はあったとしても。
だからと言って、もちろん追い込んで良いとはならない。
ただそこのズレを生んだのはやはりその異質さ。
幅広く言えば、脈々と続いてきた伝統なんだろう。
ある意味、ハナっから俺の弱さや甘えは大学ではとても耐えうるものではなかったかもしれない。
だから選ばされてしまった弱さも原因だとも思う。
実際に俺は高校の最後の方は調子が悪かった。
成績が悪かった。
結果を求められる世界で勝敗は一番重要だ。
自分のことも含め、相手や周りのことを考えすぎてしまい、囚われて、何か見えないものと戦っていた気がする。
それは思春期特有のものも相まって、自己形成的な時期もあり、俺は勝負の世界の住人ではないと恐らくどこかで感じていたとも思われる。

結果、俺は反発して何度も先輩とぶつかった。
一体これが何のためになるんだと。
そして、ほぼ強制的に始めの1、2年は寮生活で先輩と同室を強いられていたが、俺は何度もその寮を抜け出した。
暗黙のルールも数々を意識的に破った。
違反となる行為に対する仕打ちも待っていた。
恐らく、上に立つ人間からすると先輩や監督に対する抵抗は「弱さ」と切り捨てる行為だと思う。
実際に俺はその「弱さ」に耐えきれなかった。
反発を続けるあまり、ほぼ無視され、見放され、俺の居場所はなくなり、後半は練習にも加えてくれなくなった。
いつしか雑草を抜くことが俺の役割となった。
間違いなくそこにあったのは、自分で選んだんだという事実はあるが、それは選ばされたのであって、俺の本意ではないということ。
また寮が嫌過ぎて、寮を出る代わりに毎日往復2時間かけて、自転車で通った。
これも自分が選んだのではなく、選ばされたんだと思う。
確かに誰も何も具体的には言っていない。
その方が良いという、暗黙の又は異質な空気がそこらじゅうにあったのだ。
恐らく、言わば俺は取り憑かれていたんだと思う。

重圧に加え、あることがきっかけで俺は同期を殴ってしまった。
今回の青年の罪に恐れ多いが重ねてしまうのなら、俺のこの障害行為がそれに当たると思う。
結局、自分は1年で退部し退学することになった。
こういった経験をした俺だからこそ、理不尽な体質を変えなくてはいけないという使命にも似た感覚はあったし、意地でも続けてやるとも思っていた。
同期間でも認め合い、慰め合い、協力して絆を深めてはいたし、掛け替えのないものだった。
しかし俺はそれを台無しにした。
スポーツを始めて、初めて自分の決めたことに対して、自分で終わらせた出来事だった。
そして初めてと言ってもいい親に対する裏切りでもあった。
傷害を犯したことも、1年で辞めると決めたことで。

実際、俺はその後、先輩や監督を殴らないと気が済まないという思いと、先方からすると殴られるんではないかというトラウマ的な事実があった。
高校の後輩からは、数年、先輩たちは俺から逃げ回っているという話も聞いた。

そんな中でも心ある先輩はいたし、病む俺を夜な夜な誘い出してくれた先輩もいたし、音楽の凄さを教えてくれた先輩や、俺を擁護した先輩もいた。
だからこそ、1年はできた。

俺は退学する時、誰も理解者がいなかった。
いや、感じれなかった。
理解なんてできるわけがない。
説明なんてできなかった。

そして新しく部員になる後輩に俺は
「俺みたいにはならないでほしい」
と言って、部も学校も捨てた。

今となってはあのまま耐え続けていれば、俺の欲しかった優しさを手に入れられていたのではないかと思う想いもある。
そして可能性という意味で家族にも良い結果として見せられたのではないかと思う想いもある。

今回のメディアが報じるクソ責任問題や大人たちのクズさ加減。
そういったうんぬんを抜きにして、ただあの青年が抱えてしまったことに対するできるだけ純粋な想いとして書きたかったんだけど、うまくできないな。
まぁあと少し書く。
あの青年に伝えたいことがあるとすれば、偉そうではあるけど。
少し厳しいとは思うけれど。
「弱さ」では切り抜けられない世界が待っている。
本当に思っているかは別として。
弱さと言うんだったら、その代わりに何かを引き換えに得なければならない。
優しさと俺は表現したけど、なんだっていい。
カスのような奴らがほとんどな世の中、あなたは理由がどうであれ、世間に晒された訳で、事実はもとよりより一層、厳しい世の中が待っている。
弱さは逃げであって、優しさすらも逃げではないかとも思う。
生きる世界によって様々だとも思うけど。
でも青年。
あなたにはきっと守るものや大切なものが、今、ある。
そして今以上がある。
仲間や自分自身の考えや信念。
それらがきっと支えになる。
1人じゃない。
重々わかってはいると思うけど、それは弱さではなく、強さであって。
俺に置き換えると、絶対的に。
1人なんかじゃないんだ。

俺は辞めた後、すごくたくさんの出会いや仲間との絆を深められることができた。
また自分というものを自分の力で作ったと思う。
その自信や出会いや感動は決して過去を憂いたり、否定するものではなかった。
そうするしか多分、生きていけないもんだとも思っている。

俺は最近思うんだ。
20歳で大人、だなんて勝手過ぎると。
なんでもかんでも20歳になると大人になってしまう。
今までなかった責任とやらが、またそれに付随するくだらん思想や価値観が一気にその身に襲いかかる。
今までぬるま湯と言うべき、保護の元に過ごしていた世界から放り出されるのだ。
これは瞬時にと言っていい、はい今日から大人ね。
ってそんなのできる訳がない。
俺はそう思う。
だからこそ、そこから始めれば良いと思う。
始め直せばいいと思う。
今までのことなんてゴミ箱に捨てて。
何の意味も価値もないとものとして。
だから20歳じゃなく、0歳という意識でも全然いいんじゃないかと。
24の奴は4だし、37のやつは17で。
そんくらいが今の世の中の意識の位置で良いと思う。
厳し過ぎるよ、やっぱ。
ここら辺も教育機関を含めて、考えるべきだと思う。

でもこれが現実。
俺ら大人はそれを変えてあげなきゃいけないとも思うんだけど。
そこは強くね。
悪いけど、今、これが世の中。
繰り返しだけど、そこから始めても、大丈夫。
それほど、大人じゃないよ。
抱えなくて良いよ。

色々と、はしょってしまい、よくわからないことがあるかとは思う。
今回書いてみて、自分の過去を書くのはこれほどまでに難しいと思った。
最近はミートゥー運動なるものがあるけど、どこか冷ややかな目で見てしまっていたのも事実で、過去の苦しみや痛みを嘆くだけでは何も変えられないということを改めて感じた。
そしてまた誰かを責めるだけでは何も変えられないということも痛感した。

繰り返すけど、青年が晒した醜態が本人の意思とは程遠い所にあるということ。
彼には多くのブレーンがいて、多くの犠牲を払って成り立っているということ。
俺らは深く考えなければいけないんじゃないか。
彼は上手に判断できずに、晒した。
色んなものを我慢し、不本意を押し付けられて。
彼はきっとムカついているんだと思う。
怒りだと思う。
言わなかったけど。
絶対、それは怒りであって。

俺らは大人とは言ってもあまりにもペーペーだけど、くだらない嘘や立場には惑わされないぞ。
ってことで、変えよう。
変わっていこう。

俺ができることは少なからずあるはずだと思って書いた。
まずは周りからだという、俺の、俺の周りの信念に基づいて。

追伸。
昨日の会見はひどかった。
本当にひどかった。
バカと問題外がウソばっか。
誠意のかけらもない。
想像はしていたけど、それ以上だった。
なんだ、入院って。
なんでそんなとこ行く必要があるんだ。
ウソを治すための病院かな。
あんな奴らと操っているカスは放っといて次に行こう。

いくらでも書けてしまう感じになってきたので。
ここら辺で。

でも書いといてなんだけど。
悪いのは奴らだけじゃない。
俺も悪い、青年も悪い。
そこを忘れたくない。
こんなに腹立つけど。
怒りオンリーに感じるけど。

それだけじゃ何も変わらないんだ。

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