歌詞

歌詞

これは書かんといかん。
彼の音楽と音楽そのものを愛する人たちに、そして何より俺に。

なんて身勝手なんだ。
他人が放った言葉、いや芸術をあーだこーだ意地悪ばかり言って。
何が楽しんだろう。
汗水垂らして、作品を作ったんだ。
何万歩譲って、それが間違いだったとしても、くだらない。
何億歩譲って、表現のミスだったとしても、なんであんなにまでも人格否定をされなきゃならんのでしょう。
誰だってやっちゃったなって経験あるでしょうが。
表現の自由を良しとするなら、完全に間違っている。

謝罪の在り方はもう訳わかんないよ。
ってレベルまできているよね。

まぁ全然ミスでも何でもないし、自国を愛してますって想いを形にした。
それだけ。
いや、自分勝手な想いを特技で世の中に披露した。
その中に言葉のあやふやさ、未熟さ、危うさはあれど、そういうもんが想いでしょ。
そういうもんこそ、欲しているでしょ、誰しもが。

ちゃらんぽらんなことを言ってるわけじゃないでしょ。
なんとなくわかるはずでしょ。
彼の言ってることは。

少し自分に置き換えると。
俺も歌を作る。
そして歌う。
時にぱっと聴き、訳のわからないものもあると思う。
でも、それはそういう意図で作った。
できてまった。
だから聞き手がそれぞれ思うように解釈すればいいと思うし、それ以上は望まないし、望んで欲しくない、言わば身勝手ながら聞き手に任せる。
かっこ、一回、不安になって、色んな人に説明した経験はあるけど。
それが最良だと思っているし、そこまでの責任は負いたくないし、それが俺の作品としての俺のスタンスとも思っている。
じゃなきゃ、できっこない。
ある程度のところで出さないと不健康でもある。
作品を作らない人もきっとそう。
溜め込んで良いことはあんまない。
だからなのか、自分の中でなんかモヤモヤするなってのもある。
かっこ、だから、不安なんよね。
しかも歌は自由で、その時々によって、形を変える。
時に優しく、時に傷つける程に鋭利だ。
でもそれこそが作品だ。
恥ずべきことでももちろんないし、謝る必要も絶対ない。
極論、聴かなきゃいいし、見なきゃいい。
正直そこに尽きるのかなとも思う。
マクロな、グローバルな感じに憧れはするけど、いつまで経ってもミクロな世界から抜け出せない我々。
日本。
だからなのか。
にしても。
彼の周りを取り巻く関係者や媒体にも問題があるのではないか。
広く言えば、俺らリスナーにも問題があるのではないか。
彼だけが悪いとする世の中は狂っている。
せこいよ。

少し前。
と言ってもかなり前かな。
死ねばいい。
と表現したミュージシャンがいた。
そこだけがフューチャーされ、随分叩かれていた。
コマーシャルも差し押さえとなって、ラジオやなんかでも規制がかかっていた。
俺は多分、そん時も俺は似たようなアクションを起こした気がする。
ちゃんと最後まで聴いたのかよ。
って単純に思うし、くだらないと声高々に言いたい。
今、生きていることは死があってこそだろう。
そこに向き合いもしない甘ったれに何の批判ができるというのだろう。
少し今とは世間の反応や流れが違うけど、あの違和感は心地悪かったな。
表現の自由というレベルにも達していない奴らのあの感じ。
土俵にすら上がってない奴らがペラペラとさ。

今回も多分だけど、今に真摯に向き合って産み落とされた作品だったのではないだろうか。
それをちゃんちゃらおかしい奴らやディスりたい奴ら、流されるままの奴らが暇つぶしで叩いていい問題じゃない。
あるレジェンド的な存在の人が書いていたけど。
自分の作品を政治的だと言われることについて、作品について皆が皆そういった意味だとする作品は大した作品ではない。誰もが日常の中で色々と考えるシーンが増えてくる時にこそ、音楽は人々に柔軟な視点を与える芸術で合って欲しい、と。

また自分に戻して。
俺もかなりきわどい歌詞も作った。
右翼的だったり、左翼的だったり、攻撃的だったり、自虐的だったり。
「お前の書く曲は綺麗事」だの「意味がわからない」「ひどい」「極端」
などと言われたりもした。そうかもな。
でもメンバーには
「わかる人にはわかる」「お前の詩とメロディーがなかったらやらない」
とも言われて、どれだけ救いになったかわからない。
そして聴いてくれる人たちは口ずさんだり、替え歌をしてくれたり、絶賛してくれたり、楽しみにしてくれている人もいる。ありがとう。
全てひっくるめて、心強い。

作品を作ること。
それがどんなに尊いことかとも思う。
自慰行為ではない。
誰かに見せるため、聴かせるため、に存在を許された自分の一部。
俺は作った瞬間に、自分の作品がうんこになると表現してきた。
自分の経験や悩みや希望、嬉しさや悔しさ、そんなもん全部が一緒になって、出てきてしまう。
どんだけ自分の中に大切に大切にしてきた感情や想いが一瞬にして形になってしまう。
悔しい程に。
こんなはずで出したんじゃないけど、こうなってしまったんだ、後は頼んだ、うんこよ。
色んな感情や生い立ちを無視するように出てしまった。
だけど俺はその排泄物に誇りを持っている。
もっと言えば、責任も自信もある。
どうだ、すげぇだろって。
汚ねぇはずのもんが皆が見てくれる。
すげぇ。
だって、ほとんどの人がそれすら飲み込んで、形にはできないんだから。
まずは自分が認めてあげなきゃ、話にならない。
もっとこうだったら良かったのに、なんでこうなんだってのも常々思うけど、でも俺はそんなお前が大好きだ。
じゃなきゃ、いいと思ってくれる気持ち、ダメと思ってくれる気持ちをこんなには受け取れない。
じゃなきゃ、聴かせない。
じゃなきゃ、目の前も見えない。
確かにタブーも存在して、それはいかんでしょって我ながら思うし、今回のも謝罪も含めて、それは違うんじゃないかっていう部分もある。
でもそれはそれでいいと思う。
俺は音楽の力にビビらされるし、音楽でなければならない場面も存在する。
震災を引き合いに出すのは、それこそタブーかもしれないけれど、あの時数少ない機能しているものの1つに、音楽があった。
誰かの励みになり、希望になり、未来になった。
ありとあらゆるものに対する不信感、自然の脅威や原子力発電所の脅威、命の意味。
途方もない苦しみや迷いのどん底の中に音楽は鳴っていた。
間違いなく鳴っていた。

くそっくらえの情報社会。
逆に言えば、情報によって飯が喰えてるという見方もあるし、彼の謝罪もいたしかないものなのかなとも思う。
でも、実際は違う。
ほんとのとこではそう思って欲しくない。
彼は自分の作品を否定したともとれる謝罪をした訳であり、自分の作品に多少なりとも誤りがあると臭わせる文章を書いた。
それは彼の誠意だし、すごいなぁとも思う。
俺ももし売れたらああなりたいよな、とも思ってしまう。
でも、彼はあれが右翼的なのも軍歌的なのも作っている時も作り終えた時も絶対わかってるし、意図的ではないにしろ、影響はされているはずで。
俺だったら、軍歌だ、バカヤローと言ってしまいそうなところです。
そしてもう1つ。
個人的な感情がなければ、歌は多分できない。
そんなに強くないよ。
伝えるためのツールが音楽とするなら、きっと周りに対する感情がほとんどな訳で。
彼程のワールドワイドで活躍していると想いもまた違うとは思うんだけど。
周りへの感情がなければ、伝える、伝えたい、という想いは生まれない。
じゃないと、本末転倒で。
感情も込めれないし、結果伝わらない。

恐れ多いが、彼も俺も今を憂いている訳で。
もっと良くしたい訳で。
音楽というツールで戦えるとこまで戦いたい訳で。

そんな不器用で真っすぐな奴がなぜ憎く思えてしまうんだろうか。
なぜ愛国心と戦争をすぐに結びつけてしまうんだろうか。
ビビってんだろ。
確かに過去の傷、俺ら戦後世代には到底理解でき得ない。
でも考えることはできる。
だからって、わからないからって傷つけていい話ではない。
そこは無視出来ない。
今回、騒いでいるのはほぼ全てが戦後世代だと思うし、一緒に向き合えばいいんじゃないか。
だれも明確な答えができない問題に。
戦争を経験した方々にはもっと教えて欲しい。
もっと聴かせて欲しい。
甘ったれの俺らに。
非難よりも理解を。
罵倒よりも会話を。
傍観や無視は何も生まないや。
右とか左とかどーでもいいよ。
これだけ書いといてだけど、騒いでる奴らが悪いとは思えない部分もある。
きっと考えたんだよ。
それなりに。
俺も同様。

商業的な彼と、商業的願望の俺とは天地の差だけど、想いは一緒。
売れてしまった彼に対する嫉妬としか思えないよな、すでに。

実は、俺はまだその曲を聴いていない。
歌詞だけ少し見ただけ。
きっと良い作品なんだろうな。
こんな騒がれるくらいだから。
これをポジティブに捉えるなら、ほれみたことか、という想いもある。
こんだけ皆の感情を揺さぶれる力があるんだから。

負けたくねぇな。
負けたくねぇよな。
これ書き終わったら、聴かせてもらうよ、勇気を持って。

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