社会

社会

 

生きているこの場所、あの場所。

社会が周りにあって、自分がいる。

 

どうやって関わりや接点を上手くやっていくかだ。

それが、多分、社会的に社会で生きている、ということになるんだろう。

 

時間が流れて、俺は大人になった。

十分過ぎる大人に俺はなった。

 

まとまりがつかない周りを社会として、俺は生きている。

友だち、家族、大事な人の中の社会。

その他大勢の社会、それで世の中は成り立っている。

俺も成り立たせてもらっている。

 

俺以外、敵だ。

エネミーだ。

俺のことを知らないし、あんたのことを知らない。

でも、なんだか成り立っている。

 

できるだけわかり合いたいと思う。

でもどうだろう。

そんなんは嘘だ。

自分の居場所を必死で探す日々。

邪魔する奴は皆、敵だ。

 

敵として、その上でわかり合いたいと思う。

それで分かり合えたり、友達になれるんなら嬉しいです。

 

 

パーソナルスペースというものが、人それぞれに強くある。

ここからは入ってきちゃダメよ、というバリアだ。

それがないと、自分は壊れる。

知らず知らずの内に強靭なその壁は出来上がっていく。

極端に言えば、友達や家族、大事な人さえもその一線を超えてはいけないと、自分は思っている。

多分、それを軽々しく、無責任に、超えてしまうのは本当の愛ではないと思う。

誰にだって、あるでしょ。

そういうの。

それを愛とかっつって、頼る事はしたくないし、できないや。

ペラペラの愛が語られる社会の中、全く信じられなくなってしまって、出来上がった俺的愛論。

そしてパーソナルスペースの強靭化。

 

きっと考えてはいけなかったんだろう。

色々と。

困っている人や泣いている人、とてつもなく助けたい。

きっと、それは愛。

ただそれだけ。

人を好きになって、なんだか良いな、という不安定さ。

きっと、それが愛。

じゃなきゃ、いらない。

 

少し話はずれて。

イノシシのニュース。

ダムに落ちてしまったイノシシを助けるか否か。

そして。

人質解放のニュース。

ジャーナリストが3年ほどの拘束の末に解放された。

似て非なるものとは思わない。

同じだ。

 

前者はリアルタイムで2頭の内、1頭が捕獲された瞬間を見た。

とても面白かって、爆笑してしまった。

とても笑えるものじゃないのかもしれない。

イノシシは害獣とする中、蚊帳の外の者はさも動物園にいるイノシシと位置づけ、かわいそうと言う。

俺はどちらも正義だと思うし、どちらも正しくない。

極端な話過ぎて、忘れてしまっているけど、人間がいてしまっているから、イノシシの居場所がなくなっている。

この事実。

受け入れられるわけがない。

受け入れたら、人間やめましょうと言う話だから。

爆笑する俺が間違いかと言うと、正解かと言うと、それもまたなんだかなあ。

俺はあの愛すべきイノシシを殺してくれなんて思えないし、だからと言って農家や住民が受けている被害や不安の怨念を放っていくこともできないだろう。

だから、いいんじゃないか。

ここまでで。

知らないこともある意味、良いんだよ。

知らなくたって。

考えなくたって。

結局はなんもできないんだから。

する気もないでしょうが。

県外からの相談が300件で、県内の相談が2件と聞いた。

そういうことだよ。

どんだけ阿呆らしいことなのかを物語っている気がする。

あながち爆笑した俺を憎めまい。

でも殺されるところを、野に放たれて被害や不安をもたらす事を、これからなんて知るべきではないし、考えたところで意見なんてできやしないよ。

知っちゃっても300件の内の1件にはなりたくない。

 

後者については、これこそ賛否両論だし、悲しいかな、動物の命よりも人間の命の方が重い。

爆笑できないのだ。

俺は単純な話、助かって良かったと思う。

考えるのはそこまでで良いよ。

自己責任ってなんなんだろう。

そんなことはきっと本人が一番わかっていることで、周りが責め立てることでも、煽る権利みたいなものはないよ。

税金がどうとか、大した額払ってないでしょ。

そのくせ、何に使われてるかてんでわからない募金には、優越感をしっかり持って、ホイホイと出すんだ。

 

少々、俺の話。

アフリカに行ったことがある。

色々端折るけど、現地の人間に殺されかけた。

もちろん、自己責任だと思っている。

どんな正当な理由があれ、踏み入ってはいけない場所があったんだ。

それこそパーソナルスペースだ。

武勇伝として語る気はもちろんないし、反省の念が強くある。

迷惑をかけた友だち、家族、大事な人、その他の敵にも感謝をしても仕切れない。

そう思わせてくれたのは、以上の人たちのお陰で、俺を責め立てる人は皆無だったから。

助かって良かった、と心から思ってくれる人もいたし、おもしろおかしく聞き入ってくれる人がいたから。

 

 

俺は、今もだけど、夜に歩いたり、黒っぽい皮膚の方をみると、身が震える。

家にいるときでさえ、フラッシュバックして、怖くなるときがあって、少しの物音で起きたり、施錠の確認を何度も繰り返したりする。

そんな一種のトラウマが強烈にある。

俺とそのジャーナリスト、彼は仕事として行っている訳で、俺も遊びではないという意識だけど、負わされたトラウマも含めた傷は根深いのは想像できる。

彼を擁護する訳じゃないし、そりゃ迷惑かけてんだから、思われたり、考えられたり、意見されることは致し方ないことなのかもしれない。

でも、本当のところは、やめてあげたい。

壊れちゃうまで、痛めつけるのは、どうなんだい。

彼は彼なりに生きている。

彼は悪人ではないし、それどころかこの腐った世界を変えようという真っ当な仕事人だ。

それを必要以上にいじめるなら、俺は黙っていられない。

全力で守りたい。

助けたいです。

 

 

イノシシもジャーナリストも同じとは書いたけど、厳密には違う。

でも同じ。

ここまでよっていうラインがないと、接点がブレブレだし、出来るなら俺もジャーナリストを爆笑してやりたかった。

イノシシは動物。個ではあるけど、個ではなく、人間は個だ。

イノシシは完全なる敵であるけど、ジャーナリストは不完全な敵だ。

 

お後はよろしくないかな。

どうかな。

 

そういう社会に俺ら、生きている。

イノシシもジャーナリストも友達になれたらなぁ。

あーだこーだ話してぇな。

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