救世主

救世主

 

また一人いなくなった。

自分を救ってくれたミュージシャンが。

 

俺は一人だった。

混沌の中で怒り狂っていた。

 

大学への入学した時。

先輩からもらったCD。

それが彼ら。

聴いた途端、解き放たれるような感覚。

 

前からそうだし、今もだけど。

自分が持つ言葉、放つ言葉はどうやら間違って伝わることの方が多い。

だから音楽なり、行動なりで伝えようとするのかもね。

誰だって自分の足りないものを、どうにかして補おうとするもの。

 

彼らの音楽は俺にとてもよく響いた。

 

ループするビート、暴力的なサウンドと歌。

ロックンロールとダンスミュージックの融合。

全てを切り裂くようなエクスタシー。

 

自分は言葉に対するコンプレックスを今も持ち続けていて、つい最近も彼らの音楽を何度も聴いて、一人踊っていた。

偶然にも。

言葉はいつも無責任で自由で掴めない。

言葉以上の、言葉以外のもの。

多分、音楽。

足りなくて、足りなくて、どうしようもなくて、音楽。

 

大袈裟でも何でもなく、俺は音楽に救われているという感覚が強い。

あるミュージシャンが言っていた。

衣食住の次は音楽だと。

本当に音楽がこの世にあって良かったと思う。

音楽というと嗜好的な部分が大きいから、サウンドだと思う。

音。

ちょっと飛躍するようだけど、いつだって音は周りにある。

その音がないと成り立たないものやことで溢れている。

デジタルなものや人工的なものでなくたって、鳥のさえずり、川の流れ、風。

とりとめもなく。

んなこと言ったら何だってそうじゃんって話だけど。

音楽は違うんだ。

完全に生かされている。

そういう表現しかできない。

 

彼らへの強烈な憧れはあるけど、自分はまた言葉を拾って、こうやってなり、音楽で言葉を放っている。

回りくどくたって、何とか壊そうとするよ。

彼らが俺自身を壊したみたいに。

 

彼が彼らが誰かを救おうとか思ってないから、きっと救われた人がいるんだとも思う。

 

放った責任。

言葉の代わりに音楽を鳴らすのならば、恐らく必要不可欠な責任なんだろう。

でも、それはすでに言葉でなく、音楽。

矛盾のようだけど、言葉にはルールがあり、音楽にもルールがある。

言葉の代わりなのに、言葉のルールに当てはめようとするから、混乱する。

音楽も音楽で無責任なのに。

なのに言葉と同様の責任を勝手に背負わされて、期待されて。

多分ね、音楽って自由さがあると思うの。

それを求めるから心地良かったりするの。

言葉なんて、比にならないや。

ここでいう言葉は会話とかのね。

瞬間のやつ。

音楽もワード&ミュージックだから。

表現がまたもや難しい。

 

彼らの音楽に救われたくせに何も返せないなんて。

とても悔しいし、寂しいし、なんだか情けない。

なんでだよ。

ばかやろうだ。

負けた感じすんじゃんかよ。

社会に。

一緒に笑いたかったなぁ。

くそったれの社会って。

でも彼が壊したものは俺だけじゃなくて、社会も壊している。

絶対に。

負けてない。

ああ、うう。

でも死んだらあかんよ。

 

勝ちとか負けとか、決してそれだけじゃないんだけど。

権力とか社会とか、決してそんなんだけじゃないんだけど。

間違いなく、俺の中にある権力とか社会に対しては、あなた方は反発し、勝利した。

それは紛れもなく、俺を救い、存在を作った、

とてつもなく感謝だ。

 

自分に何ができるか考えた。

この気持ちを忘れないこと。

彼らが救ってくれた想いや気持ちや命。

大事にするよ。

ありがとう。

俺は自分自身の意志でその意思も背負うよ。

そして彼らの音楽を聴き続ける。

ミュージック・ネバー・ダイ。

関連記事

  1. 降参

  2. 未来

  3. 景色

  4. 怒り

  5. 執着

  6. 体裁

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

カテゴリー

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。